「リアルワールド・メタバース」という言葉をご存知でしょうか。
この語は、「ポケモンGO」などの大ヒットARアプリを手掛けるアメリカの企業Niantic(ナイアンティック)社がビジョンとして掲げる、現実世界を起点としたメタバース構想のことです。
一般的にメタバースといえばVR(仮想現実)を舞台にした構想として語られますが、本記事ではこのリアルワールド・メタバースとは具体的にどんな世界なのか、何を目指しているのかを整理したいと思います。
▼そもそも「メタバースとは?」について知りたい方はこちらをご覧ください
リアルワールド・メタバースとは?
リアルワールド・メタバースとは、「リアルワールド」という言葉通り現実の体験をより豊かにするメタバースを構想しようというビジョンです。
現実の代替となりうるVRの仮想世界を作るのではなく、あくまでわたしたちが生活している現実世界の豊かさに気づかせてくれる、現実世界をより楽しいものにしてくれるメタバース。Nianticはそんな世界観をリアルワールド・メタバースと名付けました。
これはいわばAR(拡張現実)を中心に据えた未来構想とも表現できるでしょう。
「メタバースはディストピア」
このリアルワールド・メタバースのビジョンは、NianticのCEOジョン・ハンケが2021年に発表した「メタバースはディストピアの悪夢です。より良い現実の構築に焦点を当てましょう。」というタイトルの記事に詳しく記されています。
タイトルがかなりセンセーショナルなため、記事は当初大きな話題を呼びましたが、内容は決してメタバースを全面的に否定しているものではありません。
ハンケは「メタバース」という語が、好きなSF作家であるニール・スティーブンソンの『スノウ・クラッシュ』に起源を持つことを引きながら、「メタバースがクールなコンセプトであることを否定していない」としつつ、一方で世界がディストピアに陥ってしまう恐れを指摘しています。
ハンケがディストピア的側面として示唆したのは、この数十年のテクノロジーの進化がもたらした人々の分断。
人々はスマートフォンの画面をスクロールすることに毎日追われ、最も楽しいはずの現実的な体験と距離ができてしまう。オンラインでは他人に対しての許されないような行動も許容されてしまっていて、アルゴリズムは情報の偏りを生み出し人々をフィルターバブルに押し込んでしまう…。
そういったテクノロジーの問題点を指摘した上で、ハンケは以下のようにテクノロジーの役割を分断ではなく繋がりを生むものへシフトさせるように提案します。
私たちは、テクノロジーを使って拡張現実の「 現実 」に寄り添うことができると信じています。私たち自身を含めたすべての人々が立ち上がり、外を歩き、周囲の人々や世界とつながることを奨励します。(中略)
テクノロジーは、人間の基本的な経験をより良くするために使われるべきであり、それらに取って代わるものではありません。
メタバースはディストピアの悪夢です。より良い現実の構築に焦点を当てましょう。
(※強調は本記事の筆者によるもの)
そのアプローチこそが現実世界をより豊かにするメタバースなのです。
現実世界をより豊かにするメタバース
それでは具体的に、テクノロジーは現実世界と人々の関係を改善するために何ができるのでしょうか?
ジョン・ハンケは2021年のAWE(ARの国際展示会)の講演に以下のキーワードを用いました。
Niantic inspires people to explore the world, together.
(Nianticは、一緒に世界を探検したくなるよう促します)
世界の探検とは大袈裟なことではなく、家族や友人と一緒に時間を過ごしたり、散歩や運動をしたり…そんな日常的な、しかし見落とされてしまいがちな体験を促すことです。
近年は感染症の影響もあり、人と会ったり、コミュニケーションを取るという当たり前の日常も困難になりました。
その上でハンケは「テクノロジーの力はその溝を埋めることができる」のではないかと提案します。
Niantic ではこんな風に思います。「 もしもテクノロジーが私たちをより良くしてくれるとしたら? それは、私たちをソファから引き剥がし、夕方の散歩や土曜日の公園に出かけるように促すことができる? 外に出て、顔を合わせることもなかった近隣の人たちとつながることができる? 友だちに電話したり、家族と予定を合わせたり、新しい友だちに出会ったりする理由につながる? 身の回りにあるのに見落としてしまっている魅力や歴史、美しさを発見することにつながる? 」
引用: メタバースはディストピアの悪夢です。より良い現実の構築に焦点を当てましょう。
この日常体験を起点とした考え方は、NianticのリリースしたARアプリ「Ingress(イングレス)」や「ポケモンGO」とも一致するものでしょう。
これらのアプリは現実世界の位置情報に紐づいたゲームで、プレイヤーは世界をゲームフィールドと見立てて街へ繰り出し、その流行は社会現象にもなりました。
ゲームプレイを実際の散歩や旅行とセットにして楽しむ人もおり、Nianticのビジョンが具体的に達成されている例として見ることができるのではないでしょうか。
リアルワールド・メタバース実現のための取り組み
Nianticはリアルワールド・メタバースを広く実現するため、開発者向けに「Lightship VPS」という独自の位置合わせシステムを、またそのVPS機能も備えたAR開発SDK「Niantic Lightship ARDK」を公開しています。
それらについてはこちらの記事で詳細にご紹介していますので併せてご覧ください。
まとめ
本記事ではNianticの提示するリアルワールド・メタバースについてをまとめました。
AR事業をメインとするNianticが、現実世界を起点にメタバースを語るのはポジション・トークに過ぎないという指摘もできるかも知れません。
しかし一方で「現実世界で人とコミュニケーションをとる」「家族や友人と時間を過ごす」「街へ出掛けてみる」などの現実的な体験を無視して、人々が健康的に暮らすユートピアを作ることができるのかは必ず考えなくてはなりません。
その上で、メタバースやAR/VRの未来を予測する際、幅広い可能性を示すものとしてリアルワールド・メタバースの考え方を参考にしてみてはいかがでしょうか。
参考文献・記事
・ナイアンティックがAR技術を外部提供、メタバースへの流れに抵抗する理由 – 日経ビジネス
・メタバースはディストピアの悪夢です。より良い現実の構築に焦点を当てましょう。 – Niantic
・散歩の充実感倍増♪ポケモンGOで健康管理とゲームの楽しさを同時に実現 – docomo dアプリ&レビュー
・John Hanke (CEO Niantic) Keynote at AWE USA 2021